1では、ユダヤ人のすぐれている点は何か。また割礼の益は何か。stylus創世記 25:32, 創世記 25:32, ローマ 2:25, ローマ 2:29, ローマ 2:252それは、いろいろの点で数多くある。まず第一に、神の言が彼らにゆだねられたことである。stylusローマ 9:4, 使徒 7:38, ローマ 9:4, 使徒 7:38, ネヘミヤ記 9:133すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。stylus2テモテ 2:13, 2テモテ 2:13, ヘブル 4:2, ヘブル 4:2, ローマ 9:64断じてそうではない。あらゆる人を偽り者としても、神を真実なものとすべきである。それは、「あなたが言葉を述べるときは、義とせられ、あなたがさばきを受けるとき、勝利を得るため」と書いてあるとおりである。stylus詩篇 51:4, 詩篇 51:4, 詩篇 116:11, 詩篇 116:11, ガラテヤ 2:175しかし、もしわたしたちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、なんと言うべきか。怒りを下す神は、不義であると言うのか(これは人間的な言い方ではある)。stylusローマ 6:19, ローマ 6:19, ガラテヤ 3:15, ガラテヤ 3:15, 1コリント 9:86断じてそうではない。もしそうであったら、神はこの世を、どうさばかれるだろうか。stylus創世記 18:25, 創世記 18:25, 使徒 17:31, 使徒 17:31, ヨブ記 8:37しかし、もし神の真実が、わたしの偽りによりいっそう明らかにされて、神の栄光となるなら、どうして、わたしはなおも罪人としてさばかれるのだろうか。stylusローマ 3:4, ローマ 3:4, ローマ 9:19, ローマ 9:20, ローマ 9:198むしろ、「善をきたらせるために、わたしたちは悪をしようではないか」(わたしたちがそう言っていると、ある人々はそしっている)。彼らが罰せられるのは当然である。stylusローマ 6:1, ローマ 6:1, ローマ 6:15, ローマ 6:15, ローマ 7:79すると、どうなるのか。わたしたちには何かまさったところがあるのか。絶対にない。ユダヤ人もギリシヤ人も、ことごとく罪の下にあることを、わたしたちはすでに指摘した。stylusガラテヤ 3:22, ガラテヤ 3:22, イザヤ書 65:5, ローマ 6:15, イザヤ書 65:510次のように書いてある、「義人はいない、ひとりもいない。stylus詩篇 53:1, 詩篇 53:3, 詩篇 53:1, 詩篇 53:3, 詩篇 14:111悟りのある人はいない、神を求める人はいない。stylus詩篇 14:2, 詩篇 14:4, 詩篇 14:2, 詩篇 14:4, 詩篇 53:212すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、ひとりもいない。stylus詩篇 14:3, 詩篇 14:3, 伝道の書 7:20, 伝道の書 7:20, イザヤ書 64:613彼らののどは、開いた墓であり、彼らは、その舌で人を欺き、彼らのくちびるには、まむしの毒があり、stylus詩篇 5:9, 詩篇 5:9, 詩篇 140:3, 詩篇 140:3, マタイ 23:2714彼らの口は、のろいと苦い言葉とで満ちている。stylus詩篇 10:7, 詩篇 10:7, 詩篇 109:17, 詩篇 109:18, 詩篇 109:1715彼らの足は、血を流すのに速く、stylusイザヤ書 59:7, イザヤ書 59:8, イザヤ書 59:7, イザヤ書 59:8, 箴言 1:1616彼らの道には、破壊と悲惨とがある。stylus17そして、彼らは平和の道を知らない。stylusイザヤ書 59:8, イザヤ書 59:8, ローマ 5:1, ローマ 5:1, ルカ 1:7918彼らの目の前には、神に対する恐れがない」。stylus詩篇 36:1, 詩篇 36:1, 箴言 23:17, 箴言 23:17, 箴言 16:619さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法のもとにある者たちに対して語られている。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためである。stylusガラテヤ 3:10, ガラテヤ 3:10, ガラテヤ 3:22, ガラテヤ 3:23, ローマ 2:1220なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。stylusガラテヤ 2:16, ガラテヤ 2:16, 使徒 13:39, 使徒 13:39, ローマ 3:2821しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。stylus使徒 10:43, 使徒 10:43, エレミヤ書 33:16, エレミヤ書 33:16, ピリピ 3:922それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。stylusローマ 10:12, ローマ 10:12, ガラテヤ 3:28, ガラテヤ 3:28, ガラテヤ 2:1623すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、stylus伝道の書 7:20, 伝道の書 7:20, 1ヨハネ 1:8, 1ヨハネ 1:10, 1ヨハネ 1:824彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。stylus1ペテロ 1:18, 1ペテロ 1:19, 1ペテロ 1:18, 1ペテロ 1:19, コロサイ 1:1425神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、stylusローマ 3:23, ローマ 3:24, ローマ 3:23, ローマ 3:24, 1ペテロ 1:1826それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。stylusローマ 4:5, 申命記 32:4, ローマ 4:5, 申命記 32:4, ローマ 3:3027すると、どこにわたしたちの誇があるのか。全くない。なんの法則によってか。行いの法則によってか。そうではなく、信仰の法則によってである。stylusローマ 2:23, ローマ 2:23, ローマ 4:2, ローマ 4:2, 1コリント 1:2928わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。stylusテトス 3:7, ガラテヤ 2:16, テトス 3:7, ガラテヤ 2:16, ガラテヤ 3:829それとも、神はユダヤ人だけの神であろうか。また、異邦人の神であるのではないか。確かに、異邦人の神でもある。stylusコロサイ 3:11, コロサイ 3:11, ゼカリヤ書 2:11, ゼカリヤ書 2:11, ローマ 9:2430まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。stylusガラテヤ 3:8, ガラテヤ 3:8, ガラテヤ 3:20, ガラテヤ 3:20, ピリピ 3:331すると、信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効にするのであるか。断じてそうではない。かえって、それによって律法を確立するのである。stylusガラテヤ 2:21, ガラテヤ 2:21, マタイ 5:17, マタイ 5:17, ローマ 13:8